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東京地方裁判所 昭和39年(ヲ)2659号 決定

申立人 株式会社東京相互銀行

右代表者代表取締役 尾川武夫

主文

本件異議の申立を棄却する。

本件異議の申立に関する費用は申立人の負担とする。

理由

申立人は、前掲不動産競売手続開始決定を取り消す旨の決定を求め、その理由として、右競売手続開始決定の対象とされた不動産すなわち別紙物件目録記載の建物は、新田洋右からその所有者である深津和彦に対する建物収去土地明渡の強制執行によつて、昭和三九年八月一八日限り滅失したので、本件異議の申立に及んだものである、と述べた。

本件記録によれば、申立人を債権者、日本録音株式会社を債務者、深津和彦を所有者とする当庁昭和三八年(ケ)第八三四号不動産競売事件において、別紙物件目録記載の建物につき、昭和三八年一〇月一九日に不動産競売手続開始決定がなされ、昭和三九年七月二三日の競落期日に、申立人に対して右競売建物全部につき競落を許可する旨の決定が言い渡され、この競落許可決定は、即時抗告のなされないまま確定するに至つたこと、ところがこれより先、前記建物の所有者である深津和彦は、その賃借にかかる右建物敷地の賃料支払義務を怠つたとして、賃貸人である新田洋右より、賃貸借契約に関する解除の意思表示を受けた上、昭和三八年四月東京地方裁判所に建物収去土地明渡訴訟(昭和三八年(ワ)第三〇二五号)を提起されていたが、昭和三九年二月一三日両者の間に裁判上の和解が成立したこと(後掲新田洋右の代理人より提出された上申書に添付の証明書中において、右和解の成立の日時が昭和三八年二月一三日と記載されているのは、本文表示の日時の誤記と認めるべきである。)、そしてこの和解の要旨は、深津和彦において新田洋右に対し、昭和三九年六月末日限り前記建物を収去してその敷地を明け渡すというにあつたこと、このような和解の成立したことは、前記競売事件における競落に甚大な影響があるものと思料した新田洋右よりその代理人野村高助をして、前記訴訟の受訴裁判所の裁判所書記官の証明書を添付した上申書を提出することにより、逸早く昭和三九年二月二一日当裁判所に報告され、右上申書と証明書は、本件競売事件記録中に編綴されたこと、そして新田洋右より深津和彦に対する前記裁判上の和解による強制執行が昭和三九年八月一七日及び翌一八日の両日にわたつてなされ、申立人の競落にかかる前記建物はかくして滅失するに至つたことが認められる。

右に認定したところによつて明らかなとおり、本件競売不動産は、申立人に対してその競落を許可するものとする決定が確定した後に滅失したものであるから、これに伴なう危険負担は、民法第五三四条第一項によつて律せられるべきものというべきである。

そこで右建物の滅失が右法条にいわゆる債務者の責に帰すべからざる事由によるものであるかどうかについて考えるに(競売法の規定によるいわゆる任意競売をもつて一種の売買とみる場合において、その売主が何人であるべきかに関しては、意見の対立があるけれども、本件の場合にあつては、競売不動産の所有者たる深津和彦以外の者を売主とみるときには、右不動産の滅失がこれ等の者の責に帰すべき事由に基づくものであるとして、民法第五三四条第一項の規定を適用すべき限りでないものとすべき余地は存しないので、以下においては、深津和彦を任意競売における売主とみる見解に立つて、前記不動産の滅失が同人の責に帰すべからざる事由によるものであるかどうかについて検討することにする)、右滅失を招来したものというべき、新田洋右より深津和彦に対する建物収去土地明渡に関する強制執行、ひいてはその債務名義とされた右両者間における裁判上の和解の成立をもつて、深津和彦の責に帰すべきものであるとして、右建物の滅失を申立人の負担に帰せしめないものとするに足りる事情は叙上認定にかかる裁判上の和解の成立及びこれによる強制執行の遂行についての経緯にかんがみて、存在しないものといわなければならない。

換言すれば、前記裁判上の和解の成立に応じたことは既に賃料債務の不履行により、賃貸人たる新田洋右より契約解除の意思表示を受け、前叙のような訴訟を提起された深津和彦としては、まことに万やむを得ない処置であつたものとみるべく、この和解による強制執行によつて建物を収去されたこともまた、深津和彦にとつては避けることを得なかつた事態であつたと解すべきである。

この場合において、深津和彦が新田洋右に対して賃料の支払を遅滞したことを云々して、前記建物の滅失が深津和彦の責に帰すべからざる事由によるものでないとすることは、深津和彦に対する帰責事由を不当に拡大する誤りを犯すものであつて、到底採るを得ないのである。

してみると本件競売の目的物件たる別紙物件目録記載の建物の滅失については、本件競売による売買における債権者たる申立人がその危険を負担すべきものであつて、申立人は、競売法第三三条の規定するところに従つて、競落人として代価の支払をする義務を免れないものというべく、前示競売手続開始決定が本件競売不動産の滅失したことの故に取り消されなければならないものとは解されないのである。

よつて本件異議の申立を棄却すべきものとし、費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 桑原正憲)

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